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東京高等裁判所 昭和29年(う)3194号 判決 1955年6月08日

控訴人 原審弁護人 荻原竹治郎

被告人 朴京子

弁護人 中島武夫

検察官 吉岡述直

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人中島武夫作成の控訴趣意書の通りであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

論旨第一点について。

原判決が法令の適用において罰則たる覚せい剤取締法第四十一条第一項第二号のみを適用し、被告人の所為が同法第何条に違反するかを明示していないことは所論の通りである。しかし右第四十一条第一項には左の各号の一に該当する者は五年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処すると規定し、その第二号には「第十四条第一項(所持の禁止)の規定に違反した者」と規定しているから、被告人の所為は同法第十四条第一項(所持の禁止)の規定に違反した結果同法第四十一条第一項第二号に該当するものとして同条を適用したことが明らかで更に同法第十四条第一項を明示しなくても何等違法ではない。論旨は理由がない。

論旨第二点について。

覚せい剤取締法第四十一条の三には「前二条の場合においては、犯人が所有し、又は所持する覚せい剤は、没収する。但し、犯人以外の所有に係るときは没収しないことができる」と規定しているから、同条の趣旨は犯人の所有に係るときは勿論、犯人の所有でなくても犯人の所持する覚せい剤は原則として没収するが、ただ犯人以外の所有に係るときは裁判所の自由裁量で没収しないことができる趣旨と解すべきである。故に犯人の所持した覚せい剤を没収しないときは、それが犯人以外の者の所有に係ることを明かにすることを要するけれども、これを没収する場合には必ずしも犯人以外の所有に係るものでないかどうかを明かにする必要はないのである。原審は被告人が法定の除外事由なくして覚せい剤を所持した事実を認定し、覚せい剤取締法第四十一条の三を適用して没収しているのであるから、特に右覚せい剤が犯人以外の所有に係るものでないかどうかを審理しないで没収したとしてもこれを以て違法とはいえない。尤も犯人以外の所有に係るときは裁判所は没収しないことができるのであるから、原審が没収したことが相当であるかどうかを判断するための資料として、犯人以外の所有に係るかどうかを審理し記録上明かにしておくのを妥当とするが、記録によると本件の覚せい剤は被告人が川崎の朝鮮人中村という者(住所不明)からこれを他に売つてもよし若し売れなければ預つて置いてくれといつて置いて行つたものだというのであつて、一応犯人以外の者の所有に係ることを窺知し得るのであり、これ以上所有関係を明かにすることは極めて困難であると思料せられる。かかる場合に犯人の所持した覚せい剤を没収するのは相当であつて、原審が覚せい剤取締法第四十一条の三但書を適用せず同条本文により没収したのは何等違法ではない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 工藤慎吉 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

控訴趣意

第一点原判決は法律の適条を遺脱した違法がある。

原判決は適条において単に「覚せい剤取締法第四十一条第一項第二号第四十一条の三」とのみ記載しているに過ぎない。右第四十一条の三は没収に関する規定であるから暫く措くとして、被告人の所為に対する罰条の適用としては、単に第四十一条第一項第二号のみで足りるのであろうか。右第四十一条第一項には「左の各号の一に該当する者は…………………に処する」と規定し、その第二号に「第十四条第一項(所持の禁止)の規定に違反した者」と規定しているから、これのみで被告人の所為が覚せい剤取締法の第何条に該当し、その所為が罰則の第何条に該当するかを示すに不足はないように一応考えられるが、この考え方は逆であつて、被告人の所為が取締法条の第何条に該当するかを判断して後、始めて罰則の第何条を適用すべきかがわかるのであつて、被告人の所為が取締法条の第何条に該当するかを判断しないで罰則の適用はあり得ない。かかる観点から見て、原判決が第十四条第一項の適用を遺脱したのは、刑事訴訟法第三百三十五条第一項に違反したもので破棄を免れない。

第二点原判決は審理不尽のまま事実を明かにせずして法条を適用した違法がある。

原判決は没収につき覚せい剤取締法第四十一条の三を適用している。同条は「犯人が所有し又は所持する覚せい剤は没収する」旨を規定し、「但し犯人以外の所有に係るときは没収しないことができる」旨を規定している。右但書の意味は犯人が所持する覚せい剤でも所有者が他人であれば、場合により没収を免除する旨を規定したものであると考える。従つて犯人の所持する覚せい剤を没収するに当つては先づ犯人以外の所有に係るものでないかどうかを明かにした上、更に没収すべきか否か、換言すれば、右但書の条項を排除すべきか否かを判断すべきである。本件の場合その覚せい剤を被告人が所持していたものであることは明かであるが、果して何人の所有に係るものであるか必ずしも明かにされていない。この点を明かにせずして擅に但書の適条を排除して没収を言渡したのは明かに審理不尽のまま、没収を言渡した違法あるものにして破棄を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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